2013年04月06日

雪柳に花がつ

春は待望の季節であると同時に、不安に満ちたものだ。それらの感情は綺麗に半々ずつ、私の中に存在している。気温が徐々に上がっていくのを、空気に少しずつ湿っぽさが含まれていくのを、肌で感じては嬉しさがこみ上げてくる。けれど、その只中で落ち着かなくなってしまう自分もいる。春は変化の季節だ。そして私はその変化という存在自体に、ほんの少しだけ、怯んでしまうcheap bedroom furniture

雪柳に花がつき始めた頃から、私は木々の枝先に目を向けるようになる。梅も桜もそれぞれに愛らしい。それらの花びらが川やアスファルトを覆っていくのも。花を見るためだけに出掛けるようになり、カメラが欲しくなったり、誰かを誘いたくなったりする。生物全般が、活動的になる。

そんな中で、出会いと別れが幾つも生まれる。それはちょっとした事件なのだと思う。街中に溢れる、ちょっとした事件達。それに加えて、何かを終わらせたり、始めようとしている人達がいる。これらが発しているエネルギーを、気温や湿度と同様に肌で感じて、疲れてしまうのかもしれない。春というのは、人間社会にとってもひとつの大事なのだ。

不思議なことに、春は悪夢をよく見る。通年で統計を取ったわけではないけれど、連続する悪夢に悩まされるのは、いつだって春だった。しかもそれは起きてからしばらくしても身体に残っているような類の悪夢で、私は今年も再び「どうすれば良い夢が見られるのだろう」と思いあぐねている。初夏を迎える頃にはそういった事がさっぱりと無くなるので、これはやはり春であることが一因なのかもしれないClaire Hsu

気圧や気温に人間の身体が影響されるのだから、季節もきっと、何らかの影響を及ぼしているのだろう。春という季節が、私の中に理解できないような作用を及ぼしているのだとしたら、自然に対する畏怖のようなものを、あらためて感じてしまうShipping Forwarder。  


Posted by helo  at 13:09life